音大生にエール! 連載14 池田直樹という男|音大生就活ナビ

音大生にエール!

【連載14】池田直樹という男

連載13の「演奏の価値とは」の中で、「あなたの歌唱の録音を聴いてみて下さい。感動しますか? 自分の歌の水準を知って下さい」と書きました。実は、私も自分の演奏に感動したことは無いのです。ほとんどが、がっかりする水準です…。「なにか」については次号以降に書いていきます。

池田直樹という男 今回は私の音楽歴の始まりを書いてみます。私は鹿児島生まれの鹿児島育ちです。中学・高校は私立一貫の受験校でした。父は公務員でしたが、東京の事務所に転勤になり、私も家族と一緒に東京に転校しました。高2の夏でした。

たまたま最初に編入試験のあった都立目黒高校に入学を決めたのですが、音楽部(合唱)は、その年のNHKの合唱コンクールで全国一位の栄誉を受けていたのです。運命の始まりです。その音楽部に誘われて入部し、11月のNHKテレビの優秀校記念演奏では、受験勉強で忙しい高3の先輩の代わりに歌いました。

東京に出て行って4か月で、日本一の合唱団で歌っている私を、鹿児島の同級生が見て仰天したと聞きました。そして10月の中頃、顧問の先生に東京芸大受験を勧められましたが、音楽大学へ進むことは、私の目標の中にありませんでした。

しかし私は、将来なんらかの世界で一流になりたいと強く思う、生意気な田舎者でした。直ぐに先生に聞きました。「なら、私は東京芸大に入れますか?」、先生は「入れる!」と。「なら、私は将来一流の演奏家になれますか?」「君は、一流の声楽家になれる!!」と即座に…。初めて、「声楽の世界なら一流になることが可能なのかもしれない」と知ったのです。

池田直樹という男 この先生との最初の会話が、その後も迷うことなく、私を演奏家の道に導きました。高2の11月からバイエルを習い始め、歌のレッスンにも通い始めました。16か月の受験準備期間でしたが、先生が「芸大に入れる」と仰ったのですから芸大のみを受験しました。不合格になることなど一切考えていませんでした。

ところが、3次試験の日に、指導して頂いていた芸大のN教授と廊下で会った時、「君、まだ残っとったか?!」と驚かれました。また、大学院を卒業してから、東京室内歌劇場公演のオペラ『ルクレーシアの凌辱』に、高3の夏に指導して頂いた高名な声楽家とダブルキャストで出演しましたが、その先生にも「あんたが芸大に入れるとは思わんかった!」と…。私が現役で芸大に入るとは、どの先生も思っていらっしゃらなかったのです。私だけが、高校の先生の言葉を信じて、「思い込み」で入学出来たのです。この「思い込み」は演奏家になるのにとても大事な条件だと思っています。

池田直樹という男 入学後のN先生のレッスンは、イタリア古典歌曲等の指導はなく、シューベルト作曲の歌曲集「冬の旅」から始まりました。芸大の声楽の同級生は54人で、現役は6人だけでした。私は、入試の課題曲10曲と自由曲のオペラアリア1曲しか歌えない初心者で、4浪、5浪、大学二つ目の古株が幅を利かせていました。

しかし、私は一流の声楽家になるのですから…あはは…そう思い込んでいました。あの先生がそう仰ったのですから、同級生をライバルとは思わず、必ず首席で卒業しなければならない!と思っていました。「思い込み」です。学生時代に考えていたことは、「試験で減点されない歌を歌うこと」でした。その思いは成績に反映され首席で卒業し、大学院に進みました。しかし、この後「挫折」が待っていました。【15】をお楽しみに!

【13】の写真は『愛の妙薬』のインチキ薬売りドゥルカマーラです。

池田 直樹(いけだ なおき)バス・バリトン profile

  • 東京芸術大学首席卒業、同大学院修了。
  • 中山悌一、小島琢磨、ハンス・ホッターの諸氏に師事。
  • 1980~81年、文化庁芸術家在外研修員としてミュンヘンに留学。
  • 著書:「声の力」河合隼雄、阪田寛夫、谷川俊太郎氏との共著(岩波書店)

バス・バリトン 池田直樹 二期会オペラ公演では『フィガロの結婚』『コジ・ファン・トゥッテ』『ドン・ジョヴァンニ』『魔笛』『ローエングリン』『タンホイザー』『ジークフリート』『ニュルンベルクのマイスタージンガー』等、数多くの作品に出演。新国立劇場公演でも『アラベッラ』『マノン・レスコー』『トスカ』『夕鶴』『沈黙』『マノン』『ドン・キショット』『ドン・ジョヴァンニ』『椿姫』『セヴィリアの理髪師』に出演し、存在を顕かにしている。独唱会も1976年のシューベルトの歌曲集「冬の旅」を最初に回を重ねている。また、オーケストラとは、宗教的作品やベートーヴェンの「第九交響曲」で多数共演し評価は高い。演奏会企画では、2002年にサントリー・小ホールでの「二期会創立50周年記念・30日連続演奏会」を成功させたほか、「100曲リクエスト・コンサート」「オペラ事件簿」「お代は見ての御帰り!」などで話題を集めている。2020年11月には二期会オペラ公演『メリー・ウィドー』にツェータ男爵役で出演し、朝日新聞で絶賛されている。二期会会員。  

池田直樹さんに聞いちゃおう!

声楽演奏家・オペラ歌手の池田直樹さんにお聞きしたいことなどありましたら、こちらからお問い合わせください>>>

掲載は2021年2月5日ごろを予定しております! ぜひお楽しみに!

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