音大生にエール! 連載18 さらに|音大生就活ナビ

音大生にエール!

今回で、声楽演奏家・オペラ歌手の池田直樹さんからの音大生にエール!は最終回です!
皆さんへのエールが盛りだくさんな長編をお楽しみくださいませ!

【連載18】さらに

最終号は、みなさんの良く知っている演奏表示について書いてみましょう。

レガート

『沈黙』の井上筑後守 音を滑らかに繋いで演奏することですね。しかし、楽器では容易ですが、歌では難しいのです。日本人の多くがヨーロッパに行って「レガートに演奏しなさい!」と言われて混乱するのです。「レガートとはなにか」分かっていないのです。

私もミュンヘンで、ハンス・ホッター先生の最初のレッスンで怒鳴られました。「なぜ、1音、1音にアクセントを付けて歌うんだ!」と、「はあ?レガートに歌っているでしょう?アクセントなど付けていません!」と、、、しかし、レガートが分かっていなかったのです。

「レガート」とは、音が繋がっていることではなく、息が繋がっていることです。歌では音をスムーズにクレッシェンド、あるいはデクレッシェンド出来ない事情があります。言葉にダブルの子音があったら「っ」が入って音が切れるでしょう?言葉にはアクセントがあって、アクセントの位置で音は大きくなるでしょう?スムーズに音を増減することを邪魔しているのです。これらを正確に発音して、息を流し続ける!これがレガートです。休符の時も息は流れているのです。歌っている1音は実際には「大きくなったり」「小さくなったり」しながら、呼吸が途切れることなく流れることで、レガートは成立するのです。

装飾音符

楽譜に装飾音符が書かれていたら、例外なく、その書かれた装飾音には「特別な感情」の表現が求められています。どういう感情を意味しているのか考えて下さい。

フェルマータ

記号の付いた音を延ばすのですが、その音の長さは、そこに至るフレーズで決まっているのです。突然、1音だけが伸びるわけではありません。必然としての長さがあるのです。さらに【13】で書いたように長い音には注意!です。伸ばしている経過時間に色を失ってはなりません。

跳躍音の扱い

跳躍音があれば、その上がった音は、前の音より必ずエネルギーが大きいのです。一つの言葉の中の跳躍であれば、上がった音がより大きくては台無しです。作曲家の仕掛けた「罠」です。しかし、跳躍音を小さく歌おうとすると、演奏のエネルギーを失う可能性があります。「跳躍前の音」を大きめに歌うことで、同じ効果を得ることができます。跳躍音が無意味に大きいことを避けられれば、演奏の質が上がります。

同じ言葉の繰り返し

同じ言葉が繰り返されたら、1回目と2回目が同じ表現であってはなりません。思いは広がり音は大きくなるのか?思いは深くなり、減衰するがテンションは高くなるのか、、。

言葉のエネルギーと音楽のエネルギー

『真夏の夢』の妖精の王・オーベロン

作曲家は詩を朗読してメロディーを創ります。優れた作曲家の作品ならば、丁寧に朗読すれば、作品に近づけることに気づくでしょう。言葉はそれ自体でエネルギーを持っていますが、作曲家が感じたエネルギーが、そこに付け加えられています。この言葉のエネルギーと音楽のエネルギーの両方が、伸びやかに躍動するように歌うことが出来れば、あなたの歌はさらに良くなるでしょう。

ここに書いたことは意識することなしに、すべてやっていることです。その上で「強弱法・デュナーミク」と「緩急法・アゴーギク」を考えることで演奏を成立させているのです。

さあ、質の良い「なにか」を獲得するために、多くのことに興味を持って下さい。感受性を磨いて下さい。あなたのお気に入りの1枚の絵はなんですか?大学の図書館にはたくさんの画集があります。たくさん見て下さい。きっと1枚が見つかります。美味しいものを食べて下さい!美味しかったら「おいしい!」と言って作った人を褒めて下さい! オペラを観て下さい。映画を見て下さい。本を読んで下さい。恋をして下さい。歌舞伎、人形浄瑠璃、落語、JAZZ、たくさんの表現に接して下さい!きっとあなたの「なにか」の質を高めてくれます。

最後に「様式感」

『メリー・ウィドー』のツェータ男爵 これを文章にすることは難しいですね。作曲家の持つ「特性・時代感覚」です。これを理解して歌う、弾くことによって、その作曲家の作品らしくなり、作品の魅力を増すことが可能になります。 たくさんの作曲家を書くにはさらに頁が必要になりますので、シューベルトだけを書きましょう。シューベルトの書いたアクセントは「重たい時間」であると思っています。煙に巻いてお別れです。

【13】~【18】まで書き終わりました。音楽大学で学ぶ皆さんにとって、参考になることが少しでもあれば嬉しいと思っています。読んで頂きありがとうございました。

【17】の写真は、『ドン・キショット』の大盗賊バンディートです。
【18】の写真は、『沈黙』の井上筑後守、『真夏の夢』の妖精の王・オーベロン、『メリー・ウィドー』のツェータ男爵です。

2020年12月26日 東京二期会公演 日生劇場
レハール作曲『メリー・ウィドー』にツェータ男爵役で出演。
https://www.youtube.com/watch?v=wysvNQho4SE&feature=youtu.be

池田 直樹(いけだ なおき)バス・バリトン profile

  • 東京芸術大学首席卒業、同大学院修了。
  • 中山悌一、小島琢磨、ハンス・ホッターの諸氏に師事。
  • 1980~81年、文化庁芸術家在外研修員としてミュンヘンに留学。
  • 著書:「声の力」河合隼雄、阪田寛夫、谷川俊太郎氏との共著(岩波書店)

バス・バリトン 池田直樹 二期会オペラ公演では『フィガロの結婚』『コジ・ファン・トゥッテ』『ドン・ジョヴァンニ』『魔笛』『ローエングリン』『タンホイザー』『ジークフリート』『ニュルンベルクのマイスタージンガー』等、数多くの作品に出演。新国立劇場公演でも『アラベッラ』『マノン・レスコー』『トスカ』『夕鶴』『沈黙』『マノン』『ドン・キショット』『ドン・ジョヴァンニ』『椿姫』『セヴィリアの理髪師』に出演し、存在を顕かにしている。独唱会も1976年のシューベルトの歌曲集「冬の旅」を最初に回を重ねている。また、オーケストラとは、宗教的作品やベートーヴェンの「第九交響曲」で多数共演し評価は高い。演奏会企画では、2002年にサントリー・小ホールでの「二期会創立50周年記念・30日連続演奏会」を成功させたほか、「100曲リクエスト・コンサート」「オペラ事件簿」「お代は見ての御帰り!」などで話題を集めている。2020年11月には二期会オペラ公演『メリー・ウィドー』にツェータ男爵役で出演し、朝日新聞で絶賛されている。二期会会員。  

池田直樹さんに聞いちゃおう!

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次回の掲載は2021年4月10日ごろを予定しております!
次回からのエールも、ぜひお楽しみに!

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