音大生にエール! 連載23 音音に明かりを灯す|音大生就活ナビ

音大生にエール!

写真:ルクセンブルク・ フィルハーモニーとEU関連施設

【連載23】音に明かりを灯す

音色の理想としまして、「音には明かりが灯っていて、照らし出していなくてはならない」と、ドイツではよく言われます。蝋燭の灯ほどからもう少し力強い明かりくらいまででしょうか。日本人が大好きな「明るい音、暗い音」とはまた違うベクトルで、日本ではあまり着目されないイメージですね。

クリスマスの時期に飾られるヘアンフーター・シュテアン

写真:クリスマスの時期に飾られる
ヘアンフーター・シュテアン

「暖かい音」と「目覚めている音」を足して2で割ったような音色。たとえ音量がそれほど大きくなくても、聴き手の耳と心をすぐに惹きつけ、そして離しません。ピアニッシモの際にも、音が消えるまで明かりを絶やさずに灯らせていることが肝要です。

ドイツでは、1年のほぼ半分が冬を思わせる気候、緯度が高いのでその時期は昼間が短く、しかも毎日鉛色の雲が立ち込めている陰鬱な天気。日本晴れなど望むらくもありません。明かりに対する憧れも、気候風土背景による反動なのでありましょう。

この音色の便利なところは、音そのものに存在感と表現性がすでに内包されていることです。生きている音がすでにスタート地点ですから、少しヴィブラートでもかけて駆動すれば、無理矢理頑張らなくても素敵な歌になってくれます。

逆に、ガサガサと雑音を伴うのは、マット(matt「つや消しの」という意味)という形容詞を使い、忌み嫌われます。ドイツに来たばかりの頃、そんなベロアのブランケットみたいな音ではダメです、と先生から言われました。ブラックホールのように、灯るべき明かりも吸い込まれてしまっていたのかもしれません。

これは日本人にとってなかなか耳の痛い問題、といいますのも、日本語自体がもともと、残響が無い畳の部屋で、喉をせばめて常にザーーっといわせながら発声する言語だからです。また、控えめに話して以心伝心する文化ですから、声にいちいち明かりが灯っていては、厚かましくて不都合でありましょう。

ミュールハウゼン・木組みの家々s

写真:ミュールハウゼン・木組みの家々

夏休みを日本で過ごし耳も日本にどっぷり浸かった後、9月にドイツ人と一緒に演奏し始める最初の10分間、彼らの明かりが灯った音を聞きながら、耳の穴がぐいぐい開いていくのがわかります。これだ、忘れかけていた音、と。30年ドイツにいても、まだまだ習うことが多くあるのです。

「明かりが灯っている」と「ガサガサ」は反対の意味であることが多いようですけれども、20世紀後半に隆盛を極めた、フルート・メーカーのハンミッヒや、当時のベルリン・フィル首席フルート奏者カールハインツ・ツェラーに代表されるドイツ・フルートは、ガサガサしていながら明かりが灯っている、とても味わい深いものでした。あの時代はもう2度とやって来ない、とドイツ人は遠い目をして懐かしみます。

渡辺 克也(わたなべ かつや) オーボエ奏者 profile

オーボエ奏者 渡辺克也 埼玉県立浦和高校を経て東京藝術大学卒業。在学中に新日本フィルに入団。90年日本管打楽器コンクール・オーボエ部門で優勝し大賞も受賞。91年よりドイツに渡り、ヴッパータール響、カールスルーエ州立歌劇場管、ベルリン・ドイツ・オペラ歌劇場管の首席奏者を歴任し、現在はソリスツ・ヨーロピアンズ・ルクセンブルクの首席奏者を務める。ソリストとしてもこれまでハンガリー放送響、ザグレブ・フィル、スロヴァキア・フィル、ヴッパータール響、都響、神奈川フィル、群響、名古屋フィル、日本フィル他と共演。2010年秋より2013年3月まで、産経新聞にて「渡辺克也のベルリン音楽旅行」を連載。現在「ウェブ平凡」にて「オーボエ吹きの休日 ベルリン音楽だより」好評連載中。2011年、第28回日本管打楽器コンクール・オーボエ部門の審査委員長を務める。洗足学園音楽大学客員教授を務めている。ベルリン在住。
http://www.katsuyawatanabe.com 

渡辺克也さんに聞いちゃおう!

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次回の掲載は2021年6月20日ごろを予定しております!
ぜひお楽しみに!

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