惚れ込んで寝ても覚めても
大好きな音楽作品に惚れ込み、寝ても覚めても頭の中で鳴り続いている、という幸せなご経験、ありますよね? ハートを鷲掴みにされる作品に出会えることは貴重であり、そのような作品を演奏すれば、お客様にお喜びいただけ、良いコンサートになる可能性がぐんと高くなります。
写真:ベルリン・ティアガルテン
ただし、音楽大学生以上のレヴェルでは、作品を愛してさえいればそのノリだけで良い演奏ができるかと言うと、そこまで甘くありません。頭の中で鳴り続いているうちに、この部分はこのように演奏したい、こう演奏したらもっと映えそうだ、という具体的なアイディアがどんどん生まれ醸造されてくるでしょうから、そのアイディアを楽譜に書き込み埋め尽くしましょう。なんとなれば、夢の中で名手から素敵なアイディアをいただけるかもしれません。そのような意味においても、惚れ込んで寝ても覚めても、という精神状態を、是非大切にしたいですね。
楽譜が目に浮かぶような演奏、という褒め言葉(一応)がありますが、いかがなものでしょうか。アイディアが散りばめられよく練られた演奏は、音符やフレーズを飛び越えて絵画や物語のような姿にまで昇華されていると思います。楽譜は、作曲者から演奏者への伝達手段でしかありません。大切なのは、愛し尽くし芸術の姿にまで到達させることです。
リサイタルやCD録音など、自分でプログラムを選べるのでしたら、総てそのような自信演奏だけを並べ、1曲たりともそれほど愛せない作品を組み込むべきではありません。
しかし、いつも大好きな作品ばかりを演奏できるかというと、試験の課題曲が決められていたり、コンサートの主催者が決めたテーマに沿って選曲しなくてはならなかったり、指揮者の意向などもあり、なかなかそうもいかないことが多いものです。
写真:クライディ・サハチと
ルクセンブルク・フィルハーモニー・ホールにて
5月31日、ソリスツ・ヨーロピアンズ・ルクセンブルクのコンサートで、コンサート・マスターのクライディ・サハチが、アルベアト・ディートリッヒ作曲ヴァイオリン協奏曲を演奏。無名作品を、なかなかの名曲だなあとオーケストラで演奏している私達を唸らせるほど、見事に弾ききりました。
リハーサル後に、「クライスラー曰く、『あなたが弾く作品は、総て名曲だ。(どんな作品であろうとも、名曲として演奏が仕上がっていなくてはならない、の意)』」と言っていました。名演奏のために、この無名作品を愛すよう自分をリードしたのでしょうか。このプロフェッショナルな姿勢、見習わなくてはなりません。