音大生にエール!
連載33

芸術至上主義作曲家
~絶滅危惧種~の音大回想録
恩師松村禎三先生の思い出 そのⅡ

今回も前回に引き続き、芸術至上主義作曲家、恩師松村禎三先生の印象に残る言葉を紹介します。

②それぞれの花を咲かせなさい

それぞれの花を咲かせなさい 松村先生は私が学生の頃、桐朋学園の三善晃先生と並んで、主たる作曲コンクールの審査員をされていました。当然のことながら松村先生の作品をお手本にした習作を、レッスンに持参する学生が圧倒的に多かった。しかし松村先生は学生に「それぞれの花を咲かせなさい」と仰り、御自分の作風を薦めたことは一度もありませんでした。

松村先生は学生に、作曲家にはH.ヘッセの小説《デミアン》(1919)に出てくる『カインの印』が必要なのだと仰っていました。

『カインの印』は元々は聖書に出てくる話です。アダム&イブの息子のカインは弟のアベルを殺してしまいます。神は罰としてカインとその末裔の額に刻印を付けて追放し、人々に『カインの印』が付いた者を決して殺してはならないと命じました。

H.ヘッセの《デミアン》における『カインの印』とは「悪徳と破戒」、「アウトサイダー」のような事を意味しています。それは、神の教えに反して自ら立とうとする魂が放つ輝きの事でもあります。従順な羊の群れのような人々の中では、極めて異端の存在です。

H.ヘッセには《デミアン》とほぼ同時期に発表された《シッダールタ》(1922)という小説もあります。松村先生と、後年オペラの台本について話をしていた時、先生は《シッダールタ》をオペラ化しようと思ったことがあると仰いました。実は私も《シッダールタ》でオペラを書きたいと思っていたことがあったのです。

悟り シッダールタとは仏陀の本名です。この小説の主人公のシッダールタは仏陀と同名の修行者です。シッダールタは若き日に、親友ゴーヴィンダと悟りを得るために出家し、二人で厳しい修行の道をひたすら歩みます。そして、ある日二人は本物の仏陀と出会います。ゴーヴィンダは仏陀の弟子となり、一方シッダールタは誰の弟子にもならず、独自の道を歩む決心をしました。そして晩年、シッダールタとゴーヴィンダは偶然再会し、それぞれが悟りを得たことを知ります。

松村先生仰る「それぞれの花を咲かせなさい」とは、この事ではないでしょうか。
メンターの方針に従うのも己れで試行錯誤のみちを歩むのも選択の自由。自分自身を良く見つめ、それぞれの器にあった道を選べばよいという。(次回に続く)

お知らせ!

松村先生の門下生は、先生の没後に《アプサラス》(飛天)というグループを作り、毎年松村先生の作品と門下生の作品を発表しています。近年は《松村賞》という新作作品のコンクールも出来ました。

▼作曲家を目指している学生諸君、ふるって御応募ください!
https://tm-apsaras.jimdofree.com/about-apsaras/

二宮 玲子(にのみや れいこ) 作曲家 profile

作曲家 二宮 玲子 東京芸術大学作曲科卒業。故・石桁真礼生、故・松村禎三、浦田健次郎の各氏に作曲を師事。故・黛敏郎氏に管弦楽法を師事。在学中に《弦楽四重奏のための前奏曲》が日本音楽コンクールに入選。《Prominence》がシルクロード管弦楽コンクール(テレビ朝日、エネスコ主催)入選。《春に酔う~ソプラノとピアノのための》(ペルシャ古典詩より、岡田恵美子・訳)が第22回日本の音楽展作曲賞受賞、JFC楽譜出版。

89年より現在まで、岩波映画製作所(現在U N Limited)今泉文子監督の音楽スタッフを担当。「科学する心一中谷宇吉郎の世界」(科学技術映画祭・科学長官賞)、「コテッジ・ホスピス」(同・総理大臣賞)、「十歳の君へ命の授業」(日野原重明「いのちの授業」文化庁映画賞・文化記録映画優秀賞)等、多数受賞。

最近ではライフワークのオペラに於いて、日本的な題材を取り扱った作品《MABOROSI~オペラ源氏物語~》(作劇・林望)を作曲。地域に密接した音楽活動の一環として、YAMAHA大人の音楽教室に於いて〈わいわい&サンデーオーケストラ〉を指揮。ピアニストとして、バイオリニスト・安田紀生子とタンゴマドンナを結成。ピアソラ作品を中心に各地のライブコンサートに出演中。

  • 武蔵野音楽大学非常勤講師(作曲理論部)
  • 中央大学法学部非常勤講師 音楽B(一般教養科目)、基礎演習(舞台音楽の研究~オペラ、ミュージカル、歌舞伎への誘い)を担当。

作曲家の二宮玲子さんにお聞きしたいことなどありましたら、こちらからお問い合わせください>>

次回の掲載は2021年11月20日ごろを予定しております!
ぜひお楽しみに!

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