芸術至上主義作曲家
~絶滅危惧種~の音大回想録
恩師松村禎三先生の思い出 そのⅡ
今回も前回に引き続き、芸術至上主義作曲家、恩師松村禎三先生の印象に残る言葉を紹介します。
②それぞれの花を咲かせなさい
松村先生は私が学生の頃、桐朋学園の三善晃先生と並んで、主たる作曲コンクールの審査員をされていました。当然のことながら松村先生の作品をお手本にした習作を、レッスンに持参する学生が圧倒的に多かった。しかし松村先生は学生に「それぞれの花を咲かせなさい」と仰り、御自分の作風を薦めたことは一度もありませんでした。
松村先生は学生に、作曲家にはH.ヘッセの小説《デミアン》(1919)に出てくる『カインの印』が必要なのだと仰っていました。
『カインの印』は元々は聖書に出てくる話です。アダム&イブの息子のカインは弟のアベルを殺してしまいます。神は罰としてカインとその末裔の額に刻印を付けて追放し、人々に『カインの印』が付いた者を決して殺してはならないと命じました。
H.ヘッセの《デミアン》における『カインの印』とは「悪徳と破戒」、「アウトサイダー」のような事を意味しています。それは、神の教えに反して自ら立とうとする魂が放つ輝きの事でもあります。従順な羊の群れのような人々の中では、極めて異端の存在です。
H.ヘッセには《デミアン》とほぼ同時期に発表された《シッダールタ》(1922)という小説もあります。松村先生と、後年オペラの台本について話をしていた時、先生は《シッダールタ》をオペラ化しようと思ったことがあると仰いました。実は私も《シッダールタ》でオペラを書きたいと思っていたことがあったのです。
シッダールタとは仏陀の本名です。この小説の主人公のシッダールタは仏陀と同名の修行者です。シッダールタは若き日に、親友ゴーヴィンダと悟りを得るために出家し、二人で厳しい修行の道をひたすら歩みます。そして、ある日二人は本物の仏陀と出会います。ゴーヴィンダは仏陀の弟子となり、一方シッダールタは誰の弟子にもならず、独自の道を歩む決心をしました。そして晩年、シッダールタとゴーヴィンダは偶然再会し、それぞれが悟りを得たことを知ります。
松村先生仰る「それぞれの花を咲かせなさい」とは、この事ではないでしょうか。
メンターの方針に従うのも己れで試行錯誤のみちを歩むのも選択の自由。自分自身を良く見つめ、それぞれの器にあった道を選べばよいという。(次回に続く)
お知らせ!
松村先生の門下生は、先生の没後に《アプサラス》(飛天)というグループを作り、毎年松村先生の作品と門下生の作品を発表しています。近年は《松村賞》という新作作品のコンクールも出来ました。
▼作曲家を目指している学生諸君、ふるって御応募ください!
https://tm-apsaras.jimdofree.com/about-apsaras/