其の一
<音楽家であること>と
<音楽家になること>
始める前に
音楽をするってどういうことでしょうか?
音楽家になるってどうすればいいのでしょうか?
これから音大生の皆さんにお話しすることは、決して「サルでもなれる音楽家」とか「あなたの音楽で勝ち組になろう」といったHow Toを説教めいてご教示いたしましょうというわけではありません。
僕が言いたい答えはただひとつ、結局は自分自身が見出した道を歩むしかなく、先人たちの偉大な足跡に敬意を抱きつつ、最後に足を進めるのは、誰も歩んだことのない新しい道を荒野に切り拓くしかないということです。
音楽家としての活動を開始してからすでに50年も経ってしまっている僕のようなおじさんの戯言は、得てして自分の若い頃の成功談を得意気にひけらかして、現代の若い人も「オレのようにやればOK」的な無責任な押し付けに終始しがちです。
これはもちろん音楽界だけでなく、あらゆる分野で見聞されることだと思いますが、この30年、とりわけこの10年で日本が陥った若い方々に対する閉塞的な状況を、年上の人々はなかなか理解できないでいます。ずっと過去の自分を夢見ていて、今でもそのまま通用すると信じています。「そりゃ、若い頃はなかなか認められないし、いろいろと辛いこともあるだろう、仕事も少ないかも知れない、でも今我慢して頑張れば段々と…」って、現代全く通用しないですよね。
そんな時更に追い打ちかけて「オレたちはいい時代に生まれたなぁ」って言われて、いったいどうしろというのでしょう。音楽を取り巻く世界も人もすっかり変わってしまっています。音楽を補佐していたはずのテクノロジーの発展は、むしろそれが音楽より前面に押し出てきたことを証左しています。
あなたはもう音楽家
それでもあなたが音楽をすることには大きな意味と意義があり、やらなければという強い渇望を抱いているなら、そしてだからこそあなたが音楽をやっているなら、あなたはもう音楽家なのです。
音楽家であるということは、どこかの楽団に就職するとか、どこそこでリサイタルをやったからなのではありません。「音楽家であること」と「職業としての音楽家になること」とは全く異なる概念です。
あなたが音楽を愛し、例え楽器を奏でたり歌を歌ったりしていない時間でも、音楽について常に考え、音楽を己の体内に感じているなら、あなたはもう音楽家なのです。はじめは自分では気付かないほどの小さなバラを自分の中に見つけたなら、どうぞ毎日毎日お水をあげてしっかり育ててあげてください。そのバラは決してあなたを裏切らない、ここが星の王子様とは違うところ、そうしてその花はやがてあなた自身となるのです。
音色へのこだわり
連載一回目を終えるにあたり、それにしては長くなってしまいそうですが、ひとつ音楽への目覚めについて書いておきたいと思います。皆さんも何か楽器のお稽古とか、あるいは幼いころから英才教育を受けてきたとか、もう長いこと音楽と関わっていらっしゃることでしょう。その経験の中でなにか印象に残っているレッスンとか先生のお言葉やちょっとした動きとか、大切にされていらっしゃることがきっとお有りなのではないでしょうか。
僕自身にも音楽を続けるきっかけというか、出会いというか、あるいは事件のようなことがいくつもあったわけですが、その後もずっと音楽をやり続ける原点となったレッスンを鮮明に覚えています。それはまだ本当にこどもで、それも生意気で、練習はさぼりっ放しで、ほとんど弾けていないのに平気で先生のお宅に伺ってという頃です。先生がお部屋に入っていらっしゃるまでの間、自分のとは大違いの素敵な音色のピアノで勝手な即興演奏を楽しんでいました。ピアノの先生は遠山慶子先生で、昨年お亡くなりになりましたが、僕にとってはもう何もかも先生の真似から始まったと言っても言い過ぎではないほど影響を受けました。
左上:遠山慶子女史とご主人で音楽評論家でいらした遠山一行氏
右上:紀尾井ホールでのリサイタルにて
左下、下中:ご自宅にて、原田の妻チエ、娘エルと一緒に
右下:草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルにて
ある日、あまりに弾けてない僕を制して、「あなたは自分の音を持っているのだから、自分だけの音色を探しなさい」とおっしゃられたのです。課題にしていた曲については触れず、「ピアノっておもしろいわよね、こうして指を平たく並べて弾くのと垂直に下ろすのと全然違う色になるでしょう。げんこつでたたいてごらんなさい、ほら一日中遊んでいられるわよ」これがすべての始まりでした。その日から楽器のせいにするのではなく、自分のピアノでも美しい音色を編み出す弾き方の工夫をするよう心掛けるようになったのです。
僕の何よりも音色に対するこだわり、それは今弾いているオンド・マルトノではとりわけ重要なファクターなのですね。他の演奏家やオーケストラの演奏を聴く機会でも、まず独自の音色を持っているかにこだわって聴くのはいうまでもありません。「自分の音を持つ」これは音楽家としてのとても大切な存在理由です。
さて、退屈されていらっしゃいませんか? もし少しでも興味を持っていただけたなら、そのオンド・マルトノってどんなのよ、という方に是非ご覧いただきたい動画をご紹介して、其の一はここまでとさせていただきます。ではまた次回に。
おうちで! ときめくひととき
#6 原田 節 幻想的な音世界 オンド・マルトノ
Takashi Harada plays the Ondes Martenot