音大生にエール!
連載60

其の六
<ジョニーが来たから伝えたい>

生徒さんからの提案

「教える事」とは「教わる事」と、先生なる立場のお方がよくおっしゃいます。私も全くの同感、生徒さんたちの演奏からどれだけ音楽について学んできたか、また芸術について哲学してきたことか、枚挙いとまなく思い出すことができます。

そんな生徒の一人がレコード会社に勤めていて、「レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドとお会いになりませんか」と提案してきたときには、さすがにぶっ飛んでしまいました。生徒さんたち一人ひとりの仕事や家庭のことなど、プライヴェートなことにはできるだけ踏み込まないようにしていたので、彼女(生徒さん)がレコード会社勤めで、しかもレディオヘッドの担当部署にいるなんて、まるで知らぬ存ぜぬでした。

今でも来日すればアリーナ級の会場が何日も即完売、フジロックだったらもちろん大トリ、オックスフォード出身の5人組は世代を超えたオピニオン・リーダーとして絶大な支持を得ており、イギリスでは神扱い(だそうです)。何よりそんな超大物アーティストが、ジャンルもまるで違うし世界的な知名度も正直、月とスッポンとはこのことで、忙しい来日スケジュールの中で、お月さまがこんなスッポン原田にわざわざ会いにいらっしゃる時間もないだろうしと、良きに計らえとまぁ、お任せ放り出していたのです。

オンド・マルトノ そういえば彼女(生徒さん)は、クラシックや現代音楽だけにこだわっている風でもなく、結構ロックも好きそうで、とてもオリジナルな演奏をするので、レッスンはいつも楽しい気分で、こちらが「へぇーなるほどね」とうなずかされることも度々でしたので、彼女なりの「閃き」があったのでしょう。ジョニーといえば、とてもアーティスティックなギタリストとしてしか認識していなかったので、実はオンド・マルトノをとても愛しており、彼らの録音でもよく弾いていることを彼女から教わったのでした。

それからあっという間にトントンと話が進み、本当にこの狭いスタジオ=自宅に「遊びに来てくれる」から「レッスンを受けたい」に話がジャンプして、関西に到着する他のメンバーより一日早く東京に文字通り飛んで来てくださることになり、しかもプライヴェートでという当初の予定から、雑誌の取材にしたいという日本側の強い要望も「ハラダサンがいいなら」と快諾してくださりと、すごいなぁ、やっぱり大物は偉いなぁと感心しきりでした。

デビュー仕立ての頃ならいざしらず、レディオヘッドは一切インタビューを受けないことで業界やファンの間ではよく知られており、BUZZというロック雑誌の巻頭カラー6ページをジョニー君と掲載してもらって以来、私の周りの景色はざわざわと変わっていくことになります。コンサートのお客さんの層が明らかに変化し、習いたいという希望者の「どこでオンド・マルトノを知って弾いてみたいと思いましたか?」という最初の質問に、徐々に「ジョニーから」という返答が増え、今では習いに来ている全員がレディオヘッド由来になっています。

マルトノ家が楽器の製造をやめてしまって以降、様々修理やメンテはもちろんのこと、新しく楽器が欲しいという要望にも、応えてくださるメーカーやエンジニア探しはなかなか難しかったのですが、現在、ジョニーからの新しい楽器をという要望が人を動かし、フランスとカナダでできるだけオリジナルの楽器に近づけた新しいオンド・マルトノが制作販売されるようになっています。私がマルトノの死後、またメシアンの遺志を賜り、オンド・マルトノ制作をしてくださるところはないかと探し回って、残念悔しい思いをしたことはもう忘れることができるでしょう。

ジョニーとの会話

ジョニーに妻チエのペイントしたシャツを献呈

ジョニーに妻チエのペイントしたシャツを献呈

さてさて、当日(レコード会社からは近所が大騒ぎになるので、決して口外しないようにとのお達しでした)、大きな花束を抱えて、にこやかなひとりの青年紳士が玄関に現れました。詳しいことは活字にもなったことなので、ここでは簡単にさせていただきますが、レコード会社や雑誌社の方々大勢、カメラマンからその生徒さん、どなたがどなたかちゃんとご紹介を受ける間もなく、彼が好きなだけ弾けるように用意した楽器や、その時にはまだ彼は所有していなかった「パルム(弦を貼った)スピーカー」を見るや否や、もう止まることなく、あれこれそれこれ話が弾みはじめ、もう弾く弾く。心底好きなんだなぁと、そんな気持ちを忘れかけていたのではと私は猛省。初めてジャンヌ・ロリオのお部屋で練習させてもらった頃は、時間も何もかも忘れて楽器から出て来る音に酔いしれていたなぁ、と思い出す。

レッスンというのはおこがましいのだが、彼の演奏スタイルに「ああ、そうなんだ」と気がついたことを指摘すると、「自分はアカデミックな勉強をしていないから」とひたすら謙虚。
「しかし、あなたはすでに自分の音を持っており、あなたがやりたい音楽のための技術は身につけているのだから、それを壊して誰もがやっているスタイルを勉強することには意味が無い」
「そうなんですね、そう言ってくださるのはとても幸せです。自信が持てました」
「その通り、あなたは立派で個性的で美しい演奏をするオンド・マルトノ奏者です」

その時、私はジョニーから大きなことを学ばせてもらいました。これまで生徒さんにと言えば、自分がパリで習得したテクニックをどうにか伝えたいということがまず第一義だったのですが、その日以降、彼や彼女が何を伝えようとしているのか、どんな音楽が楽しいのか、それを実現するためには何を手伝えるのか、教える態度が多きく変化したのです。今、難しい譜面は弾けなくても、とても楽しそうに自分の出している音に酔いしれたり、あれ?って不思議そうにしたりしている生徒たちを見ると、この時のジョニーとの会話が自分にとって、とても充実して意義深いことだったと感謝しています。

今回はレディオヘッドの「ピラミッド・ソング」のパリでのライヴ映像をご紹介します。フランスのオンド・マルトノ奏者たちとの共演です。

Radiohead - Pyramid Song (live in Paris, April 2001)

もうひとつのエピソード

このリレー・エッセイの筆をいったん置かせていただくにあたり、やはり音色について、もうひとつエピソードを書いておきたいと思います。それは、電子楽器の伝説的エンジニアとして、世界的評価を確固たるものとなさっていらっしゃる三枝文夫(みえだふみお)氏との会話からです。

三枝さんは日本の電子オルガンやシンセサイザーの黎明期に画期的なアイデアで初の国産製品化に成功し、現在のKORG社創設時よりの重要なブレーンとして活躍を続けていらっしゃる重鎮です。最近では本物の真空管を回路の中に挿入した小型アンプや、真空管独特のひずみや暖かさをガラス球ではなく電子回路で再現するNutubeの開発など、とどまることを知らず常に新しいことに挑戦なさっていらっしゃいます。

三枝文夫氏と、試作中だったオンド・マルトノ仕様の演奏法が可能な楽器とともに

三枝文夫氏と、試作中だった
オンド・マルトノ仕様の演奏法が可能な楽器とともに

素敵なお嬢さんとご一緒に、オンド・マルトノの演奏を習いに、また楽器の研究をしにいらして以来、オンド・マルトノのことはもちろん、様々な情報をご教示いただいております。技術者としての卓越した経験と視点と、演奏家として多種な楽器をたしなまれる芸術家としての一面と、双方をもっていらっしゃる稀有な方でもあり、その点はマルトノと共通するものを感じます。最近お話しをさせていただいている時にとても興味深い件がありましたので、許可をいただいてご紹介します。

若いエンジニアのひとりがモニターに向かってコツコツ、延々と何かしているので、『何をしているの?』と三枝さんが尋ねたら、「先日収録したプリペアードピアノの音源があまりに不揃いなので、整えているんです」と真面目な顔で答えたというのです。

えええ、私は心底驚かされました。なぜって、その鍵盤によって一音一音の音色が異なり、まるで揃わずしかも一回一回弾くたびに全く違う響きになって、予想のできないサウンド、音色を偶然という名の必然でもって、それを受け入れて演奏するのがプリペアードピアノではないか、と思っていたからです。

なるほど、ここでも私は考え始めました。いやこの若者は私なんぞがもう思いも及ばない新しいサウンド作りに没頭しているのかもしれない。音源として、コンピューターでコントロールし、どの音程でどんな音量であろうが、必ず望んだサウンドをたたき出すことで、新しい音楽をクリエイトすることにつながっていくのかもしれない。プリペアードピアノという音源はそのたったひとつの可能性に過ぎないのかもしれない、と。

尚、数年前、私自身の整理下手、更に不注意もあり、フイルム時代の写真のほとんどを失ってしまったので、添付させていただいた古い写真のクオリティが甚だ心もとないものであったことをお詫び申し上げます。

では、皆さんの輝かしい未来を心より祈念させていただきつつ、どうも有難う御座いました。

原田 節(ハラダ タカシ) オンド・マルトノ奏者、作曲家 profile

オンド・マルトノ奏者 原田 節

Photo by Andy Lee

三歳よりヴァイオリン、七歳よりピアノを始めるが、強烈な自己表現能力に優れたオンド・マルトノとの出会いは衝撃的で、慶應義塾大学経済学部を卒業後渡仏を決意。パリ国立高等音楽院(コンセルヴァトワール)オンド・マルトノ科を首席で卒業、オンド・マルトノ演奏家としての積極的な演奏活動を開始した。特に20世紀を代表するフランスの作曲家故オリヴィエ・メシアン作曲[トゥランガリーラ交響曲]のソリストとしての演奏会は、カーネギーホール、ベルリンフィルハーモニーホール、シャンゼリゼ劇場、パリ・オペラ座、ミラノ・スカラ座といった主要な劇場で20ヶ国 330公演を超えた。また 同曲をオランダ王立コンセルトヘボー管と録音したCDはフランス・ディアパゾンドール賞を受賞するなど、世界的な評価を得ている。

同時に、学生時代よりロックバンドでキーボードやボーカルを担当し、現在もオンド・マルトノをロックに持ち込むなど活発なライブ活動を続けている。 作曲家としての代表作には、オンド・マルトノ協奏曲[薄暮、光たゆたふ時]、劇場用長編アニメ[パルムの樹]、組曲[オリーブの雨]などがある。テレビCMでは現在「揖保乃糸」「ダイワハウス」が放送中。グローバル音楽奨励賞、出光音楽賞、飛騨古川音楽大賞奨励賞、横浜文化奨励賞、ブリッケンリッジ映画祭で最優秀音楽賞、ミュージック・ペンクラブ賞など受賞。

オンド・マルトノ奏者の原田節さんにお聞きしたいことなどありましたら、こちらからお問い合わせください>>

次回の掲載は2023年1月20日ごろを予定しております!

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