音大生にエール! 連載65 ピアノ弾きの日常「好き、が最強。」|音大生就活ナビ

音大生にエール!

【連載65】ピアノ弾きの日常「好き、が最強。」

広島での昼本番を終え、新幹線に。
東京へ戻る。

フゥー、、、、
やれやれ。

そうだ!
明日締め切りの楽譜書かなきゃ。
ニュー・シネマ・パラダイス、バイオリンとチェロとのトリオアレンジ。

フゥー、、、

って、本番終わりで疲れてる場合ぢゃない!
疲れた体に鞭打ってパソコンを開く。

しかし、、
10分も立たないうちに。

えーっと、休憩しよっかな、、、、っと。
手みやげのバームクーヘンに手が伸びる。

、、、

いやいやいや。
イカンだろ、
素敵なアンサンブルメンバーが、譜面を待ってるのだ。
ガンバレ、俺。

そんな時。
新大阪から、女子大生らしき女の子が乗ってきた。

「すみません」と言いながら、ボクの前を横切って、奥に座る。

舌っ足らずな声。
小柄で華奢な身体。
くまさんの顔のついたポーチ。
揃えた前髪に超ミニスカート。

でも、最初はそれほど気にもとめず譜面書いてた。

しばらくすると、、、、
香料の香りが、フワーっと。

ん?

みると、彼女が化粧箱を広げてる。
しかも、その道具の量がハンパない。
テーブルいっぱい。
お店を広げたかのよう。
入念に化粧を始める。

ふむ、、、
東京の彼氏に会いに行くのかな、、

それにしても。
一心不乱である。
新大阪で乗ってすぐ始めたのに、名古屋を過ぎても終わる気配無し。
むむう、、
すごいエネルギーだ。

美の追求か?
彼氏への愛か?
休むことなく、ただ黙々と続けてる。

それに比べて俺は、、、
10分で休んでたっけ、、、、

そんなんでいいのか!?
フツフツと湧く競争心。

フン!
ボクの音楽愛は、キミなんかの比じゃぁないのだよ。
君は彼氏にフラれたって、次を探せば良いじゃないか。
おれは音楽にフラれたら、もう何も残っていないのだ。
なんの取り柄もないただの、足が短くて首の長いおじさんになってしまうのだよ。

負けるわけにゃイカン!

休憩をやめたボク。
どちらが先に休むか!
競うことにした。

悪いけど、ボクのモチベーションアップの材料になってもらうよ。
フッ!
みておれ。
ただ一つの取り柄にしがみつく中年の底力を!

座り直し、
そして一心不乱にアレンジ。

おお!
どんどん進むぢゃないか。
見よ!若者よ!
(全く見てくれないけど)

ところが。

いつまで立っても、彼女に休む気配なし。
ついに。
「まもなく、しんよこはま〜」
なんと休憩無しで二時間!

こいつ、、、
すげー!

何だ、、その恐るべきエネルギーは、、
しかし、勝負はまだついてない!
チカチカした目をまばたかせ、パソコンに向かおうとしたその時。

むむっ?
紙袋から白いカーディガンを出した。
プライスタグが付いてる。

4900円、税別。

ハサミを使い、もうそれはそれは丁寧にタグを切る。

そうか。
君は、東京で久し振りに会う彼氏のため、おニューの服まで用意したんだね。
しかも、白い服。
汚さぬよう、会う直前まで大事にしまってたんだ。

君の勝ちだよ、ななみちゃん。
(今、勝手に名付けた)
  キミの愛の強さに感服だよ。

ぼくの頭に、今書いていたニューシネマパラダイス、愛のテーマが流れ出す。

敗北は間違いない。
それでもぼくは、最後のエネルギーをふりしぼり、MacBookへ向かう。

すると、ななみちゃん。
またもや新しい袋をガサガサとやり出した。
おお!今度はおニューの、、、?
靴下か!
プライスタグを、またもや丁寧に切る。(値段?見てない)

ななみちゃん、、、
君は靴下までおニューにするんだね。
そして、会う直前まで履かないんだね。
そう。
足のニオイなんて、ダメ!絶対!
全てがピカピカでなきゃ許せない。
端々まで気遣いの行き届いた仕事。

うん。
ななみちゃん。
素晴らしいよ。
そのエネルギー。
ぼくの完敗だ。
好き、は最強。


敗北感に打ちひしがれ、ボクはそっとパソコンを閉じた。

品川駅着。
すっかり別人の顔になった大阪の女、ななみちゃんが降りるらしい。

「すみません」

と、また舌ったらずな高い声で席を立ち、リュックを背負った。
ななみちゃんの後ろ姿を見送るボク。

あうっ!

ななみちゃん、、、
背負ったばかりのリュックに引っ張られて、ミニスカートがめくれてるよ。
丸見えだよ、ななみちゃん、、、、

でも、その天然なところが、また彼氏をキュンとさせるのかな。

なるほど。
全てにおいて完璧だよ、ななみちゃん。
彼氏はきっと君を離さないだろう。
爽やかな敗北感に満たされ、ボクは東京駅で降りた。

ちなみに。
おかげさまでアレンジできたよ。
ななみちゃん、ありがとね。
幸せにな。

化粧

人間のスキルが上がる時、ってどんな時でしょう?
やはり好きは最強。
周りを見ても、素晴らしい音楽家はみな音楽に夢中です。

ななみちゃんには負けたけど、僕だって音楽を愛しています。

ただ音楽って広い。
様々なジャンルの音楽があるだけでなく、様々な関わり方があります。

ソロで自分を極めること?
人と一緒に弾くこと?
自分を表現するのは苦手だけど、人をサポートしたい?
人前に出るのは苦手だけど、作るのは好き?
音楽というより、実は音そのものが好き?
楽器が好き?
ライブより録音が好き?
弾くより聴く、が好き?

僕は、ピアノ科だったので、ショパンやベートーヴェンを勉強してたけど、寝食忘れられるのは実はシンセサイザーのことを考えている時でした。
そして今ショパンを弾くことはほとんどなくなり、打ち込みを含めた制作に関わっています。
結局、「好き」が最強だったなぁ、と。



新たな門出のシーズン。
あなたが夢中になれる、素敵な道が見つかりますように。

飯田 俊明(いいだ としあき) ピアノ・作編曲 profile

ピアノ・作編曲s 飯田 俊明 池田直樹など多くのオペラ歌手、岡本知高や、田代万里生、中島啓江、平原綾香、柿澤勇人など幅広いアーティストをサポート。六本木ヒルズ時報、愛知万博、CD、TV、ゲーム、安藤美姫アイスショーなどに作品提供。
最近ではNHK「沁みる夜汽車」「生きて再び」音楽、ホリプロミュージカル60周年記念CD、伍代夏子ドラマCDなど。
武蔵野音楽大学大学院修了。PTNAコンペティションDuo特級最優秀賞受賞。

飯田俊明さんに聞いちゃおう!

ピアノ、キーボード、ピアニカ他、作編曲の飯田俊明さんにお聞きしたいことなどありましたら、こちらからお問い合わせください>>

次回の掲載は2023年4月5日ごろを予定しております!

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