ピアノ弾きの日常
「天才、キースジャレット」
天才、キースジャレット。
彼の動画を見ていて懐かしく思い出したことが。
2005年東京公演、ソロコンサートでの出来事です。
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楽しみにしていた完全即興のソロコンサート。
ところが。
大ホールの受付を通ると、正面の目立つところに、でかでかとメッセージが貼ってある。
「キースの演奏っちゅうのは、極度の集中力が要りますよってに、お客はん!とにかく静かに。静かに頼んまっせ!」
的な。
エラく切迫した書き方だ。
なんでも前回のコンサートで、お客の出す咳などのうるさい雑音にキレて、演奏を何度も中断する、という事件があったばかりだそうで。
アナウンスでも繰り返しメッセージが流れ、ものものしい雰囲気。
ひぇー、、、これは大変。
他のお客さんも同じように思ったはず。
広いホールに入る。
大きなステージの真ん中には、一台のピアノがポツンと置かれてる。
席を探す。
それにしても、客はまだ動いてるのに妙に静か。
ボクも、まだ始まってもないのに、なぜかそーっと歩いたりなんかして。
席に着き、じっと開演を待つ。
ついにステージがライトアップ!
緊張する観客。
(普通、ここで緊張するのは出演者だよなぁ。)
キースが出てきた!
拍手。
でも、どこかみんな気を使っていてピリピリしているのが伝わるような。
はたして彼のご機嫌は、、、、
今日は途切れずに弾いてくれるんだろか。
キースがピアノに向かう。
キースの足音以外、全く音がない。
異様な緊張感。
キースが、座るためにピアノ椅子を少し動かした。
と、その時。
動かしたはずみで、椅子からちょっとした音が鳴る。
キキキッ、、、
よく響く会場で、遠慮がちな高音が静寂を破る。
すると。
キースが口元に一本指を立てた。
そして椅子に向かって、
「シーッ!」
最後にお客に向かってニヤリ。
その時のお客さんの笑い声っていうのは、なんていうんだろう。
ドッと沸いた、というより、みなが心の底から安堵したような。
きっとキースも会場の緊張を感じてたんだね。
これで雰囲気はガラリ。
お互いにやりにくかったムードが、このちょっとしたウイットひとつで全て洗い流された。
ふーむ。
キース、ナイスです。
もちろん、演奏が素晴らしかったのはいうまでもない。
最後に聴いたアンコールのI Love You Porgyは、ホントーに美しくて、今でも忘れられないのである。
ステージって人間です。
人柄が全部出ます。
キースは完全即興だから、端から端まで彼だけです。
でも人の作品を弾く場合でも、自分を隠すなんてできません。
だから怖いし、だから面白い。
自分と正面から対峙する。
良い仕事だな、と思うのです。
というわけで、やはり今日もいいます。
この仕事、おすすめです。
さてさて、私の連載も今回で最後です。
私は本来、若い人たちにドヤ顔で何かを言うなんてできる立場の人間ではありません。
ただ音大生へエールを送るこのシリーズ、最後に何か一言だけ言わなきゃなんないとしたら何だろう、と考えました。
ボクのキャリアは、大学卒業してすぐ、ビヤホールで歌の伴奏をすることから始まりました。
つい最近閉店した、銀座にある音楽ビヤプラザライオン、というところができたばかりの頃のメンバーだったんです。
在籍の歌い手は約40人。
二期会や藤原歌劇団の歌い手たちです。
そこではオペラアリアから日本歌曲、ドイツ民謡、そしてシャンソンまで、ありとあらゆるジャンルを、いつでもすぐ弾けなきゃいけなかった。
歌い手たち一人一人からもらった楽譜が200曲ぐらいはあったかな。
誰が何を歌うか、当日までわからず、なんならステージ上で初見譜面を渡されることも、その場で移調させられることも、その場でイントロ作らされることもありました。
なーんにも知らなかったボクは、テンポもわからず音も読みきれず、メチャクチャに弾き、歌い手になじられ、お客さんには笑われ、、、
それはそれは多くの恥を重ねました。
が、結局そのおかげで、歌というものを知り、伴奏の心得に触れ、初見や移調奏、イントロを即興的に作る、と言った実践的なノウハウが育ちました。
歌い手とも知り合うことができ、それが今に繋がってます。
もしあそこでの仕事がなかったら、、、
多分演奏ではやっていけてない気がします。
振り返って思うこと。
努力って大事だけど、一人でやる努力ってとても難しい。
「それをせざるを得ない環境に自分を追い込む」
その方が早いんじゃないかな、って思うのです。
だって大学の時だって、歌を知る努力はしないわけじゃなかった。
オペラ観てみよう、とか思って、視聴覚室行って、ヘッドホン付けたまま退屈して寝ちゃったりしてました。
結局在学中は大して身に付かなかった。
そんな、やりたきゃ「できる」って環境じゃなく、目の前に高く積まれた楽譜の中で、明日どれを弾くかわかんない、今日中に全部譜読みをやんなきゃベテラン歌手に殺される!
そんな「せざるを得ない」環境。
それが自分を育ててくれたと思います。
英語やりたいんなら英語圏に行けば良い。
英語しか通じない、せざるを得ない環境、それと同じです。
必要なのは環境に飛び込む「勇気」。
それだけ。
私は大学の校門前で配ってた「ライオン音楽家募集」の怪しげな黄色い紙を受け取って、オーディション会場に行く勇気、これが人生を変えたのかな、と思ってます。
ま、僕のは特殊例で、直接参考にはならないでしょうが。
でも皆さんも「せざるを得ない環境」是非探してみてくださいね。
ではではまたどこかで。
飯田俊明