音大生にエール!
連載70

非音大卒いけてる原論③
クラシック音楽入門とは何か? 好きが先

音大生の皆さん、こんにちは。池上輝彦です。入門講座って世の中にあふれていますよね。パソコン入門から投資入門まで、難しくて自分に縁遠い分野ほどその道の専門家に教わりたくなるようです。ではクラシック音楽入門はどうでしょう。そもそも音楽入門って何?なぜクラシックに入門しなければならないのですか。高尚と思われそうな教養を身に付ければビジネスシーンで会話が弾んで得するなんてことが本当にあるのでしょうか。難しくて敷居が高いから入門講座が必要なのかな。

無理やり聴かされると逆効果

正直を言いますと、クラシックでつまらないと思う曲はいくつもあります。退屈な曲があるということは、多くの音楽鑑賞家の共通認識ではないでしょうか。大作曲家の作品でもすべて傑作というわけにはいきません。文献的価値はあっても聴くに耐えない曲もあります。誰も居眠りをしないコンサートも少ない気がします。うそを言ってはいけません。曲や演奏によっては眠くなるほど退屈なことがあるのです。

クラシックコンサート 子供向けのクラシックコンサートには定番曲があります。例えば、バッハ「G線上のアリア」、ベートーヴェン「エリーゼのために」、ヨハン・シュトラウス「美しき青きドナウ」、ショパン「子犬のワルツ」など。いずれも良い曲ですし、大人が繰り返し聴いても飽きません。でも子供たち全員が感動しているわけではないでしょう。大人から見て子供にふさわしいと判断しても、子供が本当に喜んで聴くかは分かりません。無理やり聴かされた印象が付いてしまうと逆効果です。

クラシックファンが高齢化していますから、子供や若い世代の聴き手を増やしたいのは人情です。しかし現代の日本においては、必ずしもクラシックから音楽に入門しなくていい、と私は自分の経験から確信します。最初に出合った音楽は何か。子供の頃に自分が熱中した曲は何かを思い出してみれば、クラシックにたどり着くまでの流れが分かるかもしれません。私史上の「クラシック以前」を訪ねる試みです。50年以上も昔の話になりますので、実に古臭いこと間違いなし。音大生の皆さん、覚悟してくださいね。

「ブルー・ライト・ヨコハマ」体験

私が幼児期に最初に歌った曲は「バラが咲いた」です。浜口庫之助作詞・作曲、マイク眞木さん歌唱のフォークソング。庭先で歌っている幼児の自分を写真で見たことがあります(残念ながらその写真が見つかりません)。ハ長調の明るくのどかで幸せな気分の曲。フルコーラスで歌っていたそうです。今でもいい曲だと思います。

やはり幼少時、父と親戚の家に泊り、初めて東京と横浜を見物したのですが、いしだあゆみさんの「ブルー・ライト・ヨコハマ」(橋本淳作詞、筒美京平作曲・編曲)を頻繁に耳にしました。当時ヒットしていたせいか、いろんな場所で何回も聴いたので、数日後に田舎に帰る頃にはすっかり歌えるようになりました。この曲のほうがより影響力は強いと思います。

こうして「ブルー・ライト・ヨコハマ」は私が初めて熱中した短調の曲となりました。嬰ハ短調。のちに好きになるマーラーの「交響曲第5番」と同じ調性。タッタッタッターと運命の動機のように繰り返すトランペット、いしだあゆみさんのコントラルト声域の淡々とした歌唱、弦楽のゼクエンツ、グロッケンシュピールのような打楽器の装飾音、幼児には理解できない歌詞――、マーラー風ではないですか。子供向けコンサートでは絶対に得られない音楽体験です。

菊池俊輔の特撮ヒーロー音楽

「ブルー・ライト・ヨコハマ」をきっかけにトランペットの鳴る音楽が大好きになりました。そして出合ったのが数々の特撮ヒーローのテレビドラマの主題歌。最も人気だったはずの「ウルトラマン」シリーズではなく、「アイアンキング」「ジャンボーグA(エース)」「超人バロム・1(ワン)」「仮面ライダー」に傾倒しました。

トランペット 「仮面ライダー」はともかく、これら半世紀前の特撮ヒーローを知っている音大生がいましたら、超人的な勉強家として敬意を表します。そして私が好んだ特撮ヒーローの音楽がすべて菊池俊輔という作曲家によって書かれていることに気付いて驚きました。私は何よりも「アイアンキング」や「超人バロム・1」の音楽に惹かれていたのです。よって私が幼少期に最も傾倒した作曲家は菊池俊輔だったと断言できます。

菊池サウンドの特徴は何よりもスピード感にあふれ、ヒロイックな哀愁を漂わせる短調で、トランペットがカッコよく鳴りまくることです。特に「ジャンボーグA」「アイアンキング」は傑作。「菊池節」を浴びてからマーラーやショスタコーヴィチの交響曲を聴くことをお勧めします。つながるではないか、と実感していただけるはずです。

強くてカッコいいマーラー

ここまでの話で何を言いたいかというと、やんちゃな少年がクラシック音楽にまず求めたのは癒しや優雅さなどではなく、何よりも力強さ、スペクタクルな迫力、ヒロイズム、ニーチェ流に言えば「力への意志」だったということです。正義のために戦う特撮ヒーローのような、強くてカッコいい響きをマーラーやベートーヴェン、チャイコフスキー、ショスタコーヴィチ、ドヴォルザークらの作品の中に発見したのです。

とりわけマーラーは私のお気に入りの作曲家になりました。子供の頃の私にとってマーラーは何よりもスペクタクルでヒロイックな行進曲の作曲家だったのです。子供とはいえ、もちろん全曲通して聴いていたわけですが、「交響曲第1番ニ長調『巨人』」だったら圧倒的なスケールの第4楽章、「第3番ニ短調」でしたら長大な華々しい行進曲が炸裂する第1楽章がハイライトだったのは言うまでもありません。

ここまで読まれて、ずいぶん幼稚で邪道なクラシック音楽入門だなと思う人もいるでしょう。そう思われて光栄です。非正統派です。しかし実はほとんどの音楽鑑賞家が非正統派なのではないですか。行儀よく教科書的に「正統」「高尚」の認定マーク付きの音楽ばかり聴いていても、自由で創造的な世界は広がりません。クラシック音楽入門ではなく、「好きが先」が大事。他人の評価に左右されず、心から感動する音楽を聴き込むことが大切です。人によってはロックやジャズへと進むかもしれませんが、パッションに基づくのだからそれでいいではないですか。それが本当の「現代音楽」の礎になるはずです。

「邪道」な入門者を取りこぼさないで

落語家の春風亭小朝さんとバイオリニストの大谷康子さんが司会を務めるBSテレビ東京の番組「おんがく交差点」をよく視るのですが、2023年12月2日の放送回で指揮者の松尾葉子さんが出演しました。そこで松尾さんがフランスに音楽留学するきっかけとして、ミッシェル・ポルナレフのフレンチポップス「哀しみの終るとき」との出合いを挙げていたのに感動しました。

松尾さんのオフィシャルサイトで「おもしろ年表」を拝見すると、ポルナレフの歌と出合ってフランス音楽に興味を持つ以前、高校時代にはマーラーの交響曲を聴き、お茶の水女子大学の卒論もマーラーに決めていたそうです。超ジャンルの音楽趣味の変遷にとても共感しました。

ロックバンドでドラムス 20世紀の日本を代表する作曲家・武満徹は戦時中、リュシエンヌ・ボワイエの歌うシャンソン「聞かせてよ愛の言葉を」と出合って音楽を志しました。指揮者のパーヴォ・ヤルヴィさんにインタビューした際、若い頃ロックバンドでドラムスを叩いていたという話が印象的でした。ヤルヴィさんはお父さんも指揮者ですので、幼少期からクラシックをたくさん聴いてきたはずですが、彼らはジャンルや高尚・通俗の固定観念など関係なく音楽に接しています。人は心から好きになった音楽に突き動かされて人生を切り拓いていくものです。

音大生の皆さんは演奏、作曲、教育などの様々な仕事を通じて、人々を音楽へと誘う導き手の役割を担うかと思います。そのとき、音楽について柔軟な考えと幅広い視野を持っていてほしいと願っています。幼い頃の私を含め「邪道」な入門者を取りこぼさないためにも、どうかよろしくお願い致します。

池上 輝彦(いけがみ てるひこ)音楽ライター profile

池上 輝彦(いけがみ てるひこ)音楽ライター 音楽ライター、音楽ジャーナリスト。早稲田大学卒業後、日本経済新聞社入社。証券部・産業部記者を経て欧州総局フランクフルト支局長、文化部編集委員、映像報道部シニア・エディターを歴任。音楽レビュー、演奏家や作曲家へのインタビュー記事、映像付き音楽連載記事「ビジュアル音楽堂」などを執筆した。現在はメディアビジネスのチーフメディアプロデューサー。クラシック音楽専門誌での批評、CDライナーノーツ、公演プログラムノートの執筆も手掛ける。ヤマハ音楽情報サイト「Web音遊人(みゅーじん)」にて「クラシック名曲 ポップにシン・発見」を連載中。
「クラシック名曲 ポップにシン・発見」全編 >>>
日本経済新聞社記者紹介 >>>

次回の掲載は2024年1月20日ごろを予定しております! ぜひお楽しみに!

バックナンバー