「音大卒」は武器になる①
―N君―
音大生になったからといって、すべての人が音楽の道に進むわけではありません。卒業後3、4年先の状況は、先輩たちをみればわかりますが、その先は想像つきにくいかもしれませんね。そこでここから何回か、私の知っている実例をご紹介したいと思います。
拙著『「音大卒」は武器になる』に登場するN君。卒業して7年半ですから、もう30歳。彼は、私が銀行から音楽大学に転職して最初に受け持った4年生のひとりで、しかもなかなか就職先が決まらず苦労しましたので、色々な思い出があります。訪問社数は50を超え、就職が決まったのは6月の終わり。最後の最後に、ある地方銀行に決まりました。その銀行の中でも、最後の最後の内定者だったようです。まさに、ギリギリ。
数日前、そんな彼からとても嬉しい知らせがありました。3年くらい前に係長に昇格したとの知らせを頂いていましたが、今度はその上の支店長代理に昇格したというのです。同期でも先頭集団を走っているのだとか。銀行の出世競争の激しさを知っているだけに、彼がどれだけ頑張っているのか、その凄さがわかります。
支店長代理というのは課長の一歩手前ですから、支店の中でも規模の大きな取引先や案件の難易度が高い先を担当するようになります。まさに支店を背負って立つ立場。責任重大なだけに、お給料もムフフ、です。
思えば、彼は社会人になる際の心構えが違っていました。内定後は残りの音大生活を悔いないよう専攻の打楽器練習に励み、ライバルのM君と卒業演奏者の座を競い合い、見事にその座を射止めました。この場合、新人演奏家として認められ、4月に行われる「新人演奏会」に出演できるのですが、彼はそれを断ったのです。「4月から、私は演奏家としてではなく、銀行員として生きていきます」。それが彼の答えでした。
銀行員になったからといって、音楽を諦めたわけでも、捨てたわけでもありません。休日になると、小さい頃習っていたピアノの先生と交流したり、出身中学のブラスを指導したりしているそうです。音大での学びは、どんな職業に就いても役立ちます。