音大卒の先輩たちの就職活動と
現在の音楽との関わり方

企業で活躍する先輩たち

音大を卒業後、演奏家以外の世界で活躍する人はたくさんいます。いったいどんな仕事をしているのか……。現在の仕事を選んだ動機や、就職活動などについて、音大出身で、一般企業などで働いている先輩のお話をお聞きしました。

ぜひ、これからの就職活動や悩んだ際のご参考にしていただけたらと思います。

1. 楽器販売 洗足学園音楽大学卒業 Nさん
別の仕事を経験したからこそ「音楽がないと生きていけない」と気づいた

Q. 一般大学ではなく音楽大学を選んだ理由を教えていただけますか?

母がピアノを教えていて、父がスタジオミュージシャンなんです。そういう環境で3歳からピアノを習っていたので、自然に音大に進学しました。

Q. 現在は楽器メーカーの販売職ですね。今の会社にはどのように就職したんですか?

最初の就職活動では、音楽関係の会社にうまく決まらなくて、今とは別の会社に就職したんです。でも、音楽から離れた職に就いたことで「自分はやっぱり音楽が好きなんだ」と再確認して、音楽の仕事をしようと決めました。それで再就職活動をしたんですが、なかなか大変でした。でも、「ここであきらめたらこの先一生後悔する」と思い、一生懸命就職活動をして、楽器メーカーへ入社しました。

Q. 上司や同僚から学んだことはありますか?

最初は上司や先輩方がプロフェッショナルに見えましたね。仕事の進め方はそれぞれ違うのですが、向かう先は同じで、ブレがない。やさしく接してくださったことや教えていただいたことが印象に残っています。今は私も教える立場に立つこともあり、先輩を真似して後輩の見本になれるようにと心がけています。周囲から「Nさんなら大丈夫!」と言われると、それに応えなきゃ!という気持ちになりますね。

Q. 今後、ご自身は音楽とどう関わっていくことになるでしょう。

仕事としても、趣味としてもさらに音楽を深めたいですね。音楽は答えのない魅力がたくさん詰まっています。世界中の誰もが音楽で幸せになれたら素敵ですね。

楽器販売のここがポイント♪
「人を知ること、人を好きになること」

販売の仕事はいろいろなプロセスがあるんですが、最終的には売上という結果を出さないといけないので、気力・体力が必要です。

 また、接客業は人を知ること、人を好きになることが大事だと思います。楽器の知識や演奏技術ももちろんですが、人に興味をもって気遣いができる人間になることが必要ですね。最初は意識しなければできないかもしれませんが、慣れてくるとそれが自然とできるようになります。

後輩へのアドバイス♪

入社したての頃は、言葉が出ずにうまく接客できなくて、反省したり落ち込んだりしました。成果が出なくて今も悩むことがあるんですが、一つひとつ乗り越えていくことで自分が成長できると信じて仕事をしています。結果が出た時には、悩んでがんばった分だけ大きな達成感が得られます。

2. マーケティング・広報 国立音楽大学卒業 Hさん
“ 新卒” は一度だけだから就職を選択 自身の思いと企業ミッションが一致

Q. Hさんは、国立音楽大学を卒業後、一般企業に就職したんですね。

卒業後の進路として、音楽に関わる仕事とそうではない仕事について考えました。教員免許を取得していたので、教員やピアノ教師には後からでもなれる。ならば、新卒時にしかできないことを探そうと、化粧品会社や銀行などさまざまな業界にトライしました。

Q. 就職活動を経験してみていかがでしたか?

始めたばかりの頃は、自分が就職するという実感がなくて、大人の社会科見学のように楽しんでいました。でも、ある日、S社の説明会で、「人々の日常に潤いを与え、感動経験を提供する」という企業理念にとても感銘を受けたんです。

Q. 具体的には?

私は音楽療法を専攻して、音楽が人間の心身に及ぼす影響について、心地よく豊かに過ごすために音楽がどのように有効なのかを研究していました。ですからS社の企業ミッションにふれたとき、「私が音楽でやりたかったことを商品をとおして実現し、成功している!」とビビビ!ときました。

Q. そこで本気で取り組んで無事に就職が決まったんですね。

はい。最初の2年半は店舗で勤務し、社内公募で現在のマーケティング・カテゴリー本部へ異動しました。店舗でも本社でも、仕事は大変ですが、いつも周囲に助けられてきたと感じます。

Q. 仕事を続けられたいちばんの理由はなんでしょう。

尊敬できるすてきな人に出会えたこと、私のやりたいことと企業ミッションが一致していることが、仕事を続けてこられた大きな理由です。

マーケティング・広報のここがポイント♪
「300万人以上への情報発信」

私は、会社の公式Facebook・Twitter・mixi アカウントを担当し、季節限定ドリンクを始めとしたおすすめ商品や「旬」の話題を提供しています。ありがたいことにファンが非常に多く(Twitter/Facebook 合計で300万人以上)、反応が瞬時に返ってくるので、正直怖くもありますが、とてもやりがいのある仕事です。

 また、音楽での人脈で、著名なバレリーナの方に新商品のプロモーションを手伝っていただいたこともあります。音楽をしていてよかった!と実感したできごとでした。

後輩へのアドバイス♪

就活時は、「音大なのに演奏家ではなく、なぜ就職するの?」と興味を持ってもらえます。音大の就職支援は十分と言えないこともあるので、自力でコネクションを作っていくこと。また、一般就職した先輩にもアドバイスをもらいましょう。

 わくわくすることには理由があります。なぜそれに惹かれるのか?自分の心の声に正直に選ぶと、自分らしく幸せな未来が描けると思います。

3. 教員 東京学芸大学卒業 Mさん
教員になる夢をようやく叶えて、やさしくきびしい先生をめざす

Q. 現在のお仕事について教えてください。

小学校のクラスの学級補助員としてサポートが必要な子どものそばについています。

Q. 大変そうな仕事ですね。

大変ですが、子どもたちがかわいくて楽しいです。いつもそばについている子は、日によって気持ちをうまくコントロールすることができないので、対応の仕方もその日の様子を見て考えています。なかなか思うようにいかないこともたくさんあって、試行錯誤の毎日です。

Q. 東京学芸大学を卒業されていますが、就職活動はどうしていましたか?

最後の最後まで教員採用試験を受けるか迷っていました。それまでと違う生活をする勇気がなくて。ピアノ中心の生活を諦めきれなかったんです。それで、卒業後すぐの頃は披露宴会場での演奏の仕事を選びました。

Q. 学級補助員になったきっかけはなんですか?

「やってみない?」と知り合いに誘われて、すぐに引き受けました。教員になりたいという思いも変わらずあって、早く教育現場に行きたかったので。採用試験の勉強も続けていて、2014年に無事合格しました。

Q. よかったですね。採用試験には学級補助員の経験がプラスになりましたか?

面接で場面指導について聞かれたときは答えやすかったです。「こういう子どもがいたらどうしますか?」という質問なら、体験談で答えられました。

Q. 理想の先生像は?

今のクラスの担任の先生は、ワクワクする授業の入り方で包み込むような安心感がありながら、叱るときはちゃんと叱る方です。やさしさの中にもきびしさをもった方なので、私もそういう先生になりたいと思います。

学級補助員のここがポイント♪
「子どもと適切な距離をもつ」

子どもは、体調によっては「ずっとそばにいて」と言う日もあれば、「そばに来ないで。ついてこないで!」という日もあってむずかしいです。責任感からちゃんと見ていないと、と思っていましたが、近くにいてほしくない時があるんですね。以前はそれでもそばにいなきゃと思っていたんですけど、今は離れたところから、危ないと思ったら駆け寄れる位置にいます。そういう距離感がわかってきたかなと思います。

後輩へのアドバイス♪

まずは、やりたいことをやってほしいです。今しかできないこともありますから。私も少し遠回りしましたけど、この3年間の経験はむだだと思っていません。親にも本当に感謝しています。

4. 不動産会社営業事務 洗足学園音楽大学卒業・尚美学園大学大学院卒業 Sさん
「音大の話を振られたくない」理解してくれる会社に出会うまで

Q. ご出身は尚美学園大の大学院ですね。

音楽表現専攻で作曲を学びました。大学は洗足学園で、そこでも作曲を専攻しました。高校では、5歳から習っていたピアノも続けながら、吹奏楽部でトロンボーンを吹いていました。吹奏楽をやるうちに作曲に興味が出てきて、作曲科に転向したんです。

Q. 就職活動のお話をうかがいたいのですが。

笑っちゃうくらい、いい話はありません(笑)。卒業までに決まらなかったので、飲食店でアルバイトしながら就活しようとしたんですが、忙しいお店だったので、実際は無理でした。それで1年後に辞めてから、就活を再開して数えきれないくらい会社を受けましたが、全部ダメ。「音楽大学の大学院まで出たのに、どうして就職するの?」と聞かれることに対応できなくなっていって、だんだん、「音大の話を振られませんように」と祈るようになりました。

Q. 大変でしたね。今の会社の時はどうでした?

面接に来た時に鞄に入っていた音楽関係のチラシに気づいた社長に音楽の話を振られたので、観念して「私は音大卒です」と答えたら、「とにかくおいでよ」と、とんとん拍子に話が進みました。それまでの苦労を思い出すとあまりにも簡単に決まったので、びっくりしてしまいました。不動産業以外に演奏者派遣事業も興していたので音大出身がハンデにならなかったんです。今でもよく覚えていますが、最初の仕事は編曲でした!

Q. 今は音楽とどのような関わりをもっていますか?

高校時代の吹奏楽仲間で不定期に発表会をやってます。それ以外にもアレンジを頼まれたり作・編曲をしています。大変だけど楽しい毎日です。

営業事務のここがポイント

主な仕事は、電話対応や、契約書類の作成や管理です。繁忙期には、お客様の書類を急に揃えたり作成したりしなくてはならず、対応が大変です。契約内容によっては、注意事項が増えることも。仕事の内容は自分に合っています。作曲科出身だからか、楽譜を書くように、細かい作業を黙々とすることが嫌いじゃないんですね。肌に合うと言ってもいいかもしれません。

後輩へのアドバイス♪

音大で身につくことは音楽の知識や技術だけでは決してありません。例えば演奏会を行うと、会場や練習場所の手配、お金の管理、宣伝活動等、音楽を通じて経験できることがたくさんあります。「自分は音楽以外、何もできない」と思わないでほしいです。経験の数だけある可能性を見逃さないでください。

 私は就職したら音楽と完全に離れるかもしれないと腹をくくっていたんですが、結局そうはなりませんでした。皆さんも、いつでもどこでも何かしら、音楽に携わっていくようになると思います。

5. 対談 国立音楽大学卒業 Tさん(B社メディア部所属)/Sさん(特別支援学校教諭)/Aさん(特別支援学校教諭)
音大生はタフ!? 一般企業や教育界でもしっかり活躍できる!

音大を卒業後、演奏家以外の世界で活躍する人はたくさんいます。いったいどんな仕事をしているのか……。現在の仕事を選んだ動機や、就職活動などについて、国立音学大学出身で、学生時代からの友人でもある3人のおしゃべりから拾ってみました。

音大卒は珍しいから就職面接で目立つ!?

S:Tさん、またコンサートをやるの?

T:今度はベリーダンスとのコラボ。知り合いの舞台で歌わせてもらうんだ。会社の帰りにカラオケボックスで一人で練習したりして、大変だよ。

A:会社ではどんな仕事をしているの?

T:私の仕事は会社が持っているキャラクターのプロモーション戦略を立てること。社内や権利元との調整で駆けずりまわったり、土日もイベントや視察が多くて、けっこう忙しいんだ。

S:そのわりにはいろいろやってるよね。この前もブラジルに遊びに行ってたでしょ。

T:あとでアマゾンのワニの写真を見せてあげる(笑)。忙しくても休めるときは休んで、年に1回以上は海外って決めてるの。

A:B社は人気企業だから、Tさんが入ったって聞いたときは、すごいなって。音大の先生も職員も、音楽コンクールのことは詳しくて熱心だけど、一般の就職のことはあまり……。

T:そう。ぜんぜん関心がないし、知らない。だから、一般企業をめざす友達と情報交換したり励まし合ったり、とにかく自力でやった。

S:けっこう、受けたよね。

T:うん。玩具のほか、アパレルやマスコミなんかも。私は小学校から音大の附属だったから、社会に出るときは音楽以外の世界でと決めていた。ただ、音楽もそうだけど、人に楽しみとか喜びを与える仕事がしたいって、漠然と思ってた。

S:音大だから一般企業は無理っていうことはないよね。むしろ、プロの演奏家以外になる人のほうが多いはず。

T:私のところにも後輩が何人か話を聞きに来た。うちの会社に入りたいというのではなくて、音大から一般企業に入るにはどうするか、ということを聞きに。

A:会社に音大出身はいるの?

T:一人先輩がいた。音大は珍しいみたいで、入社したときから知らされていたけど。

S:珍しいから、面接でも残る?

T:そうかも。音大なのにどうしてってよく聞かれたし、目立ったのかも。それ、音大生の強み。

音大生は体育会系 ストイックで強い

T:音大生って、ちょっと体育会系だから、企業は使いやすいかも。

A:音大って、昔ながらの上下関係が続いているからかな。私も、学校では体育の先生と話が合う(笑)。

S:門下生というか、上下のつながりが強いのは音大の特色だよね。確かに体育会。

T:それに、ストイックになんでも頑張ったりするし。

A:ストイックな集中力って、音大に入るための能力の一つ。けっこう、強い。

T:音楽をしていると繊細だと思われがちだけど、けっこうタフ(笑)。

S:レッスンのときの先生の指導って、本当に厳しいもんね。

T:そう、人格否定されたような気持ちになったりね。それに耐えてきたんだから、強い。入社してすぐ、叱られていなくなっちゃったなんて子がときどきいるけど、音大生なら大丈夫。企業もお買い得(笑)。

演奏家以外で音楽を仕事にしていくこと

T:SさんとAさんは特別支援学校の先生だよね。

S:障害児教育って、教育現場以外で解決に取り組まなければならないことがたくさんあるし、公立校の教諭だから制約も多いんだ。

T:大変な仕事だね。でも、音楽が仕事になってるじゃない。

S:鑑賞の時間ならグランドピアノを弾いて生徒に聴かせることもあるけれど、音楽の授業をどう組み立てるか、毎週、そういうことに頭を悩ませてる。国語も数学も教えるし、しかも教科書がない。

A:障害の度合いが生徒によって違うから、教科書はあまり使わない。

S:音以外で音楽を伝えることを考えなければならないこともある。いまの仕事はとにかく体力勝負で、この子の担任が終わったら辞めようと、毎年考えてる(笑)。

A:私も、大学院でもっと勉強したい。もし行くなら数年以内に決めないと。大学で教職はとったけど、障害児教育の資格をとるために、卒業して1年間、横浜国大の専攻科に行って、実践が必要だからといまの仕事に就いた。大変だけど充実はしてる。でも、小児科の臨床心理のことをもっと深く学びたい。

T:勉強家なんだ。

A:中学生の頃、音楽療法に興味を持ったのが最初で、医学系に進むか音楽系に進むかを考えて、結局、音大の音楽療法士コースに進んだんだ。学生のとき、ボランティアで病院の病弱児童に音楽を教える体験をしたの。それが原点かな。

S:私も音楽と臨床心理士をめざしていた時期があった。音楽と心理の関係を追求したくて、その結果が教育につながったのかな。教員でなくても、病院で音楽を使って何かできたらと思っていたし。

T:Sちゃんも、卒業してすぐには就職しなかったよね。

S:卒業後の1年は師匠について、音楽のキビシー実践的指導を受けていました(笑)。実際に、統合失調症で社会復帰をめざす患者さんと音楽を一緒にやったり、障害児の音楽のレッスンをしたりとか。週4日は師匠についていろいろなところを飛び回ってた。でもそれが、その後の糧になり引き出しになり、教員の採用面接のときも自信になったと思う。

音大で学んだことを人生に活かしていく

T:うちの学校って、卒業してもすぐには就職しないって人が多いかも。とりあえずお試しで就活をする人もいるし。みんな最初は、なんらかの形で音楽に関わる仕事をめざすんだけど、難しかったり、自分の進路がはっきりわからなかったり。

S:音楽療法士になってもその資格だけで食べていくことは、現実的にはなかなか難しい。音大卒に限らず、自分の進路を決めるのって難しいし、実際に働いていても、この職業でいいのかと考えることは、常にある。

A:でも、せっかく音楽を学んだんだから、そこに関わりながら生活していきたいと思うし、いろんな形で、それはできると思いたい。

T:私は、仕事とそれ以外のバランスが大事だと思ってる。歌も、プロになるわけじゃないけれど、いろんなチャンスをつかまえてやっていきたいし、やっぱりうまくなりたい。

S:そういう意味では、音大卒って、自分の生き方や将来について、在学中も卒業後も、自身に問いかけることが、他大学の人と比べて多いのかも。

A:それって、ある意味、いいことかもね。学費は高かったけど。

T:親にとってはどうだかわからないけれど、とにかくそれだけの投資をしてもらったんだから、自分自身の人生でそれを回収しないと自分が不良債権になっちゃう。

S:そう。音大に入ったからには、モトをとらなきゃ(笑)。